負けていたらそれも意味はないのだが……とことで会場に駆け付けると、そこには一見負けた雰囲気の千早らがいた。
しかし、実際はオーダーについて相談している途中であった。
北央に二人いるというA級の一人は、細目の須藤と見て間違いないだろう。問題はもう一人が誰かというところだが、肉まんくんが一番チビのくりくりした奴だろうという予想を述べる。昔練習会で会ったことがあるとのことで、何にせよ相当の実力者であることが窺える。
とはいえ、A級選手が誰かわかったところで相手のオーダーを読むことはできない。千早は必死に考えようと頭を働かせるが……パンク。
1肉まんくん
2かなちゃん
3太一
4机くん
5ちはや
といったオーダーを示すことに。
ノリは適当に考えたかのように思えるところだが、決して適当などではない。準決勝を経験して思ったことをこのオーダーに乗せたのだ。
真ん中は一番声が出せて全体を見れる人の席であり、瑞沢で言えばそれは太一にあたる。
一方、両端は勝負に集中して勝ち星を早くあげられる人。千早や肉まんくんだ。
そしてその間に大江と机くんを配置し、勢いに乗せてやろうという布陣なのだ。
相手の出方がわからないのであれば、自分たちが100%の力を出せるこの形でいくのがもっともな戦術と言えよう。
「誰が相手でも、勝つんだから!」
うむ(´・ω・`)
といったものの、千早が書いたものはあだ名であったため、改めて清書した決勝戦オーダー表を太一が提出する。
それを受理されたところで原田先生に声をかけられ、決勝前のちょっとした会話を行う。
「先生。俺…千早でもプレッシャー感じることがあるって、知らなくて」
太一は準決勝前のことを話す。
かける言葉を間違い、あんなにもボロボロになってしまい……
「千早のことさえわかってないんだって……そう思ってないとダメですね。俺、部長だから」
でも千早がプレッシャーを感じることは原田先生も意外に感じていたことだし、仕方あるまい。
それよりも重要なのは、太一が部長としての自覚を持っていること。ちょっと前に太一は諦めかけていたというのに……
『ここにいるのはもう、違う君じゃないか…!』
まあこちらのほうはともかくとして、坪口が相変わらずの子を発見したと言い、原田先生に報告する。
そちらにはヒョロがいてヒョロットカードで相手オーダーを占っていた。その結果はドンピシャ。さすが的中率80%というだけはある。
占いの結果を受け、千早とやると言うのは須藤。まあそれは事前から言っていたからいいとして、ヒョロは太一とやると言いだす。二人は同じ白波会に所属していたため何度も試合をやっているのだが、ヒョロが負けたことはないのだという。太一が苦手意識を持っていると確信しているからこそ自分が戦うとヒョロは言うのだが……まあある意味苦手意識は持ってそう(´・ω・`)
チビの甘糟は瑞沢のことなど眼中にないようで、残りのオーダーは適当に決めていく。
皆もそれが当たり前とばかりに、既に全国の方を見ている。顧問である持田はそんな彼らに足元をすくわれますよと注意を促すが、彼らはまともに聞き入れない。でも部員として、顧問を全国に導こうという考えは持っていた。
持田にとって、皆のそういった思いだけで充分なのかもしれない。
決勝戦のオーダーが読みあげられる。
甘糟vs肉まんくん
竜ヶ崎vs大江
ヒョロvs太一
宅間vs机くん
須藤vs千早
挨拶を交わし、頭を下げる両者。
千早は頭を上げる際にどうしてか須藤のあごにぶつけてしまい……
普通ならばあり得ない状況。わざとであろうことが予想されるもののここは一応謝らなければなるまい。
「すいません!」
千早は謝るものの、
「ごめんなさいは?」
須藤は納得がいかない様子。
「ごめんなさいじゃないとヤダ」
わがままね(´・ω・`)
ともかく、札を並べて暗記時間に入ろうというところ。須藤の配置はあまりに独特で、千早は心を乱されてしまう。
中央に“ちは(や)”を配置するというそれは明らかに千早の得意札を知っての撹乱。相手にすべきではないだろう。
原田先生は持田が北央の顧問であることに気付き、話しかけて須藤のことを訊く。
持田は須藤がSであることを話しつつ、でもそこがなければいつか名人になる器だと言う。その言葉に過敏に反応した原田先生。
「そんな彼も私の教え子に負けるかもしれないんですけどねぇ」
いやいやはっはっはっ(´・ω・`)
でもその言葉だって意地だけで言ったのではない。だって千早は……
「未来のクイーンだと思っています」
その頃――
福井の勝義書店では、新がバイト店員としてレジに君臨していた。
過疎っていてろくに客も来ないそこ。ドアが開き、
「いらっしゃいませ」
と言ったものの、来たのは猫であった。
実に暇なものだ……(´・ω・`)
とことで、新は店長に許可をもらい、店のパソコンを使わせてもらうことに。エロサイトは見るなよ(´・ω・`)
一応メールチェックをと新がそれを開いてみると、そこにはメールがたくさん届いていた。
千早から逐一報告されるそれらを今初めて見ることとなった新。最後に届いたメールには、
『戦ってくるね ◇千早◇』
となっており、その時刻が15:01。
今は15:28頃。新も緊張の時間を共有する。
序歌が詠まれ始め、北央は気合を入れる。
それに次いで瑞沢も……
「み!」
「ず!」
「さ!」
「わ!」
「ファイトォォォォ゛ー!!」
気合十分だってばよ(´・ω・`)
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む
最初の1枚は須藤が抜く。千早の陣にあった“たち”と“たま”をわたって取ったとあって、攻めがるたであることがわかる。須藤のSは責めまくりのSでもあるが攻めまくりのSでもあるのだ。彼らしい滑り出しと言えよう。
須藤だけではない。最初の1枚は全て北央が抜くorキープしていた。しかし……
「ここからだ! 攻めるぞ瑞沢!!」
うむ(´・ω・`)
攻めること。確実でなくとも手を出し敵陣に切り込むことを徹底させ、瑞沢はこの試合に臨んでいた。
思いは強く、次の1枚に臨む。
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな
攻めたいのに出札が悪く自陣の札ばかりが続き、千早はリズムが作れないでいた。
攻めがるたは敵陣を攻めて相手に精神的ダメージを与える意味もあるが、札を送って自陣を有利に組み立てる目的もある。
『千早ちゃん。絡めとられるな』
千早は改めて敵陣の札を確認するが、その度に中央にある“ちは(や)”が目に入ってしまい集中力を欠いてしまう。
筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
ようやく敵陣の札がきたというのに、千早はそれをキープされてしまう。
「ごめんなさいって言わないからぁ」
ザ・ドS。
明らかに相手のペースに飲みこまれている千早であったが、
「とったー!」
とった(ど)ー!と机くんが歓喜の雄たけびをあげる。
「綾瀬! 俺だって敵陣取れたぞ! お前が攻め負けてどうすんだ!」
「俺も取ったぞ!」
「こっちもキープ!」
「私は次こそ取ります!」
チームとして、皆が皆を盛り上げていく。
『個人戦の時、1枚はただの1枚だった。でも、今は……』
千早は深呼吸する。
『チームの1枚を取りにいく!!』
憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを
ここでようやくのキープ。千早は最初の1枚をゲットする。
「取った! 連取!!」
いや、連取じゃねーし(´・ω・`)
今の札の決まり字は“うか”。“うら”が詠まれていない今、一字で判断できるところではなかったのだが、千早は“う”のみで反応していた。それは偶然か否か……
決勝から駆けつける形となった原田先生は、今日の読手が何人かを持田に訊く。
高校の予選ということもあり、今読みあげている(素敵な)女性一人だけ。それを聞き、原田先生は(気持ち悪い)笑みを隠しきれず。
『千早ちゃん。あの読手の癖…、君の耳はもう……』
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
千早は今度こそ本当の連取。
チームの士気を高め、千早もそれを感じていた。
『あたしの1枚は、ただの1枚じゃない……!』
3連取行こうぞ(´・ω・`)
千早が癖を掴んだといっても、当然ながら全てではない。時々ハマるくらいのもので……でもそれが時に相手のミスを呼ぶ。
須藤はお手付きをしてしまい、
「ラッキー」
今のペースは瑞沢の方に傾いている。
須藤は失礼しますと言って立ち上がり、一度心を落ち着ける。そしてその位置から、千早を見下ろす。
『ああ……やっぱり見下ろすって落ち着くな』
北央も気持ちを入れ替える。
須藤は千早の感じの速さを認める。しかし、かるたはそれだけではないのだ。
和田の原 漕ぎ出でてみれば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波
“わたのはらこ”が決まり字の大山札。“わたのはらや”と区別がつくまでは間があり、須藤はきっちりと囲い手を決め、その札を取る。
そんな須藤を、千早はまっすぐと見つめていた。
『なんだろう。惚れられたかな』
ありえません(´・ω・`)
須藤の相手陣へ攻め込んでの囲い手に、千早は新のことを思い出していた。
新もこれが得意であり、彼の手もこんな風におっきくなったのかな…と、ついつい思ってしまう。
そんなところで須藤札を移動。“ちは(や)”を下げてしまう。畜生と思う千早だが、いろいろと考えるのはやめる。得意な札なのだから、どこにあっても手が伸びるから。
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな
白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ 物をこそ思へ
一進一退の攻防が続き、千早は若干の追い上げを見せてセイムな枚数としていた。
肉まんくんは甘糟に声をかけられる。
彼も肉まんくんのことを覚えていたようで、その力を評価していたようだった。しかしあくまで過去形。
悔しいじぇ……(´・ω・`)
肉まんくんが練習会で会った時、甘糟はまだ初心者であった。年上だけど相手にもならない程度で、肉まんくんの方がすぐにA級になれると言われていたのに……
『俺、何してたんだろう……』
淡路島 かよふ千鳥の なく声に いく夜ねざめぬ 須磨の関守
それは空札であったものの、大江はついついお手付き。
攻めがるたをやっているのだ、これは仕方あるまい。
かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしもしらじな 燃ゆる思ひを
敵陣のその札を取れたと思ったのに、甘糟の方がキープしていた。
一方、机くんは同時取得に対して自分の方が早かったと主張。諦めが悪く食いついていく。
同時の場合は自陣札優先とことで、結局は相手のキープになってしまったが……机くんも大江もちゃんと戦っていた。
『ああ、そうだ……。諦めたんだ……』
自分がどうしてこうなってしまったのか。それを改めて理解した肉まんくんは、
み吉野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり
その札で渾身の捻りを加え、見事敵陣の札を抜く。
華麗な一回転はナイスファイト。これでまた士気が上がる。
勝負が進み。
まずは大江が敗北を喫してしまい、続いて机くんも負けてしまう。
これでもう後がなくなった。北央としては残るのはあとたった一勝。しかし瑞沢としてはそう簡単にはいかせず、A級二人はともに苦戦を強いられていた。
そこで救うのがヒョロ……ということにだって、太一はさせまいとしぶとく戦う。
汗が滴り落ち、疲労が見てとれる太一。それでも、頭の中では冷静に今の状況を振り返っていた。
100枚中、“や”で始まる札は4枚。その内“やえ”“やまざ”は詠まれたから残る自陣札“やす”“やまざ”は“や”の時点で払う。
“よ”の札は、“よのなかよ”“よのなかわ”が詠まれたものの、“よも”は“よを”(空札)が詠まれていないから慎重にいかなければ。
“ちぎりお”は詠まれたから、敵陣でまとまっている“ちぎりき”と“ちは(や)”は“ち”で両方払う。
“な”の札は8枚。“ながら”“ながか”“なにし”“なつ”“なにわが”が詠まれている。この場にあるのは“なにわえ”と“なげけ”。空札の“なげき”には要注意だ。
それらの考えを一瞬にしてまとめ、太一は集中を高める。
太一は千早のように感じがいいわけでも、肉まんくんのように流れが読めるわけでもない。だから……
嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は いかに久しき 物とかは知る
それをヒョロがお手付き。これで太一の残り札は1枚となった。
『決まり字の変化だけは間違わない。俺がみんなの背骨になるんだ…! ミスなんか……1枚だってしてやるか!!』
夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり
敵陣にあるその札を抜き勝負あり。
「瑞沢一勝!」
これで俄然面白くなってきた。残りはともに接戦の肉まんくんvs甘糟と、千早vs須藤。
あと6枚。
イーブンの状況で須藤は自陣を取られたくないと感じてしまい、
難波江の 蘆のかり寝の ひと夜ゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
その札は千早の陣にあったというのに須藤は守る方向へ反応してしまい、攻めに出ていても千早がキープに成功する。
持田は咄嗟に攻めろと喝を入れてしまう。
うまくいく時もいかない時も、かるたの楽しさを教えてくれたのはこの持田先生。それを改めて思い出した須藤は、再び攻めがるたへと転じてイーブンに戻す。
それでも千早も譲らず取り返し、千早が残り1枚というところ。
「取った!」
肉まんくんが勝利を勝ち取り、両校の勝敗の行方は千早と須藤の一騎討ちに絞られた。
甘糟は悔しさの涙を浮かべるが、目前の勝負を見ていない結果がこれではその涙の価値も薄いだろう。
『持田先生を……みんなを……全国大会へ連れて行きたい。 勝ちたい…!』
ようやっと貪欲に勝利を欲するようになった須藤であったが……
千早の集中は彼よりも上をいっていた。
ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
最後の一手。
それは静かかつ正確に敵陣の札を捉えていた。
「……ありがとうございました」
どういたしまして(´・ω・`)
試合が終わったら即座に寝てしまう千早。
ワンテンポ置いて、ようやく勝利したのだということに気付き、皆とともに勝利の味を味わう……
とことん暇な勝義書店では新が頻繁にメールチェックをしていた。
そしてようやく、一通のメールが届く。
『全国大会行くよ!』
その題名のもとに届けられたメールには、写真が添付されていた。その方向に合わせ、新は首をゴキッ!と傾げる。
『見て新 これがわたしの仲間だよ
近江神宮に会いに来て! ◇千早◇』
交通費くれ(´・ω・`)
この記事へのコメント
あるるかん
千早にごめんなさいと言わせたいのは同意です。
新が大量のメールに慄くのがツボでした。私も電源を切っていた携帯に同じ人からたくさんのメールや着信履歴があってビビりましたよ(笑)。
本隆侍照久
須藤はドSであることを除けば名人の器だと持田先生が言っていましたが、単純にかるたの強さだけで放たれた言葉ではないのだろうなぁということが感じられました。そんなエースオーラを見せる須藤はさすがですね。逆に言えば、Sなところが残念でもあるのですが(´・ω・`)
メールに対する新の反応は納得ですね。あそこまでたくさんのメールが並んでいると、店長が思ったようにスパムのようでもありますからね。
驚く新も新鮮でしたが、私的には写真に合わせて首を傾けた新がツボでした。何に対してでも真面目な彼らしさが出ていたように思います(´・ω・`)ゝ