大会間近の水泳部は、出場選手を決めるためのタイムトライアルをおこなう。
背泳ぎのタイム測定をして部活を終えた七咲は下校。その表情は浮かないものだった……
純一は遊園地前で緊張して待つ。
「先輩。お待たせしました」
七咲がやってくる。
「全然待ってないよ。僕も今来たところ」
お約束の言葉をかけたところでいざ遊園地へといきたいところであったが、純一はもう一人いるべき者がいないことに気付く。
「そういえば、郁夫君はどうしたの?」
「あの……風邪です」
先日、チケットを入手した純一は、七咲を遊園地へと誘った。
恐らく、純一自身は七咲と二人きりが良かったのかもしれないが、いきなり二人きりというのは誘うことに関して難しいもの。七咲の弟を楽しませるという口実も含めて、3人で遊園地というのが七咲を誘える限界だったのだろう。
七咲は3人で遊園地に行くということを数秒考え、その誘いに乗った。
そして遊園地に行く当日、郁夫が風邪をひいた。風邪ならしょうがないよね、うん。
郁夫は七咲母が看てるとことで無問題。二人きりで遊園地をエンジョイすればいいのだが、純一はちょっぴり戸惑ってしまう。
「嫌なんですか?」
嫌なんかじゃないよ、全然!……あ、俺じゃないやw
「嫌なんかじゃないよ、全然!」
ね^^
「せっかくの遊園地なんですから、思いっきり楽しまないと」
とことで、二人は遊園地へ。
「今日の私の服に、何かコメントとかないんですか?」
純一的にはそんな余裕はないだろうな……
遊園地と言えばジェットコースター。それに乗り、純一は早速顔面蒼白となる。
「ジェットコースターのスピードは平気なんだけど……高さがね……」
とことで、それ以降は高いところを避けたアトラクションを楽しんでいく。
コーヒーカップやシューティングゲームで楽しみ、ソフトクリームを食べて七咲と二人きりの時間を存分に満喫する。
「お兄ちゃんてば酷いよね。美也を置いて遊園地に行っちゃうんだから」
それは酷い。
当初の予定が七咲の弟と一緒であったのなら、純一の妹もいたって良かっただろうに……。ちょっと変な組み合わせになるけどw
「こうなったら、お兄ちゃんに負けないくらい遊んでやろうねー。ねぇ紗江ちゃん」
とは言え、どこに行くかは未定。とりあえず外に出てるのが現状である。
「あれー、美也ちゃん」
美也たちは梨穂子と遭遇する。
梨穂子は創設祭の時に出すお茶受けの研究も兼ねて、最近この辺りにできた和菓子屋へと向かっている途中だという。
行く場所が決まってなかった美也たちはそれについていくことにする。
「ファラオ謎の入口?」
「ホラーハウスみたいだけど……入ってみる?」
「いいですね。おもしろそうです」
とことで、二人は謎の空間へと入っていく。
暗く長き道が続くその空間はやはりホラーハウスか。作り物のミイラが七咲を驚かし、怯える七咲という素敵な一面を引き出してくれる。
作り物とはいえ、いい仕事をしたミイラはまた奥へと引っ込んでいく……。目が動いたような気がしたけど、まさかね……
こういったものが苦手ではない純一は、怯える七咲をリードする。実に頼もしいところであったが、純一も内心ドキドキだった。
不気味な空間を二人で進んでいたところで、別の客と思われる声が聞こえてくる。
「薫かっこいー」
「そう? そんなに私イケてる?」
「イケてるイケてる。もし告白されたら、私即OKしちゃうよ」
その客は、薫と田中さんに酷似していた。しかし、その二人であるはずはない。今見たのは、男女のカップルだったのだから……
その存在すら幻とも思えるようなところだったのだが、純一の気のせいなのだろうか……?
次は、子犬にペロペロされる可愛らしい少女を見つける。
その姿は、絢辻さんにそっくりで……。しかし、それもまた純一だけが見た幻。少女は走り出すと静かに消えていってしまう……
二人が順調に進んでいくと、広い場所へと出る。
すると突如辺りが揺れ始める。地震かと思いきやそうではない。目の前の大きなファラオが動き出していた。
『我の眠りを妨げる者よ。千年王国の呪いを受けるがよい』
アトラクションにしては実に大迫力なもの。七咲が怯えるのも無理はないだろう。
『戯言などいらん。覚悟を決めろォ!』
そして、正体を現したファラオは、純一たちに襲いかかってくる……!
「うわぁぁぁ!」
目を瞑って身構えた純一。
脅威がおさまったところで目を開けると、ファラオは目の前で止まっていた。
一安心というところであったが、近くに七咲の姿がない。
「七咲……七咲!」
「先輩」
純一は、七咲の声が聞こえた方に目を移す。
「ここです。私はここにいます」
そこには、一人前のラーメンがただぽつんと置かれていた。
「まさかと思うけど……この味噌ラーメンが七咲なのか?」
まさかすぎますwww
これはマズイ(美味しいかもしれないけど)。そう思ったであろう純一は、七咲を元の姿に戻すようファラオ(の中にいるはずであるスタッフ)に懇願する。
しかしそれは叶えられず、ファラオの口から噴射される謎の気体を浴びせられてしまう。
「先輩、大丈夫ですか!? 先輩! 先輩!!」
まさか純一まで味噌ラーメンに……そんな絶対的危機を想像してしまうところであったが、純一は何とか無事であった。
しかし、純一の手には石川の冬印バターがあり、彼の様子は一変していた。
「七咲って、すごく美味しそうな匂いがするよね?」
「は?」
「特にバターの溶けた味噌ラーメンって、最高な気がするんだ」
「せ、先輩……? 冗談ですよね? そんなことより早く元に戻してください。じゃないと私のびちゃいます!」
必死に訴えかける七咲だが、今の純一に彼女の声は届かない。
純一は七咲にバターを投入する。
熱により溶けるバターが七咲を感じさせる。そして、七咲を持つ純一の親指が、七咲の汁の中へと入ってくる。
「私……先輩に…………食べられちゃう……」
荒い吐息を出す純一は、七咲を口へと運び……
チューチュパッ!
瞬間、七咲は元へと戻り、純一は七咲の指をしゃぶっていた。
純一も我に戻り、自分のわけのわからぬ行動を謝罪する。
「もう知りません…」
夢か幻か、よくわからない不思議な一時。
ただ、別の意味で夢のような時間であったのは間違いないだろう。
夕方。
純一は、七咲のことを食べようとしてしまったお詫びとして、GEOFGOAのMIX COFFEEを奢る。
今思い返すと、先ほどの意味不明なイベントも七咲にとってはおもしろかったよう。
「実は私、最近部活でタイムが伸びなくて、少しストレスが溜まってたんです。でも、スッキリしました」
結果オーライ。
操られていたのか純一の素なのかは際どいところである先ほどの奇行も許されたようで何より^^
純一と七咲が今いるのは、二人が初めて出逢った公園。
「僕と梅原が公園に入ってきて、七咲がブランコに乗ってて、それで……」
「先輩が痴漢しようとしたんですよね」
その通り。……なんてね。
「先輩。一緒にブランコに乗りませんか?」
断る理由などないだろう。
純一が普通にブランコに座り、七咲はそれと向き合うように立ち漕ぎの姿勢。なかなかに不思議な形で、二人はブランコに乗る。
揺れるブランコ。
その勢いにより七咲のスカートがはためき、ついついそっちに目がいってしまう。
「先輩どこ見てるんですか!?」
言わずもがな。
「お仕置きです」
七咲は純一と向き合うように、彼の膝の上に座る。
「この格好なら、もうスカートの中は覗けませんよね」
そして、七咲の方から純一にキスをする。
「本当にエッチな先輩ですよね」
今さらです。
二人きりの一日は、甘い思い出ばかりの素敵な一日^^
翌日。
前日のことを思い出し、ボーっと登校していた純一。
その表情を物憂いものだと感じた梅原は、親友のために素敵な秘蔵本を示す。友人思いの素敵な梅原なのだが、今の純一にそんなものは興味ない。梅原を無視して行く……
「こんにちは、先輩」
学校で七咲と遭遇すると、純一は昨日のことを意識して顔を赤らめる。
「どうしたんですか? 顔が赤いですよ。熱でもあるんですか?」
近いと余計熱が上がってしまうよ>_<
七咲はいたって普通とことで、純一は昨日の公園でのことについて言及しようとする。
すると、七咲は今日も特売があるから付き合ってもらえないかと話を逸らす。
やっぱり、七咲も意識してたんだろうなぁ……
放課後。
純一が七咲の帰りを待っていると、水泳部の者たちを発見する。
水泳部内では有名人の純一。七咲に用があることは言わなくてもわかっている。
七咲は響部長と話しているという情報を得た純一は、冷やかす声に見送られながらその場へと向かう。
『部活が終わっているなら、プールに行っても平気だよな』
変態紳士の口実。
淡い期待を抱いて(いるかどうかは不明だが)、純一はプールへとやってくる。
そこでは、期待とは裏腹の展開が待っていた。
響部長に何かを告げられ、ショックで走り去ろうとする七咲。
「どうしたんだ七咲」
純一のその声でも止まらず、七咲はロッカーへと向かってしまう。
部長が追ってきたのなら、次はプールの中へと逃げ込む。
普段の七咲とは明らかに違うことを察した純一は、制服姿であることも厭わずプールへと飛び込んでいく。プールからあがろうとする七咲をがっちり掴み、抱き寄せる。
七咲はついに我慢しきれず、純一の胸の中で泣いてしまう。
今の七咲には、自分よりの純一が傍にいるべき。そう察したであろうエアマスター響は、静かにその場を後にする……
二人での帰り。
七咲は、背泳の選手から外れてしまったことを打ち明ける。
将来を嘱望されていた七咲にとって、それはショックであっただろう。でも、下を向いてばかりはいられない。今後に向けて気を改めねば。
純一は単純な疑問を七咲に問いかける。
「どうしてあの時、逃げ出したの?」
「私……塚原先輩に泣いてるとこ見られたくなくて……」
納得。
「でも、橘先輩にはもっと見られたくなかったんです」
それでも、七咲は純一の傍で泣いた。
「僕は嬉しかった。いつもと違う七咲が見られて……なんか、嬉しかったよ」
泣きそうな七咲を見た純一は、無我夢中で彼女のことを追いかけた。
考えず、感じた末での行動。まさに純一らしいものであっただろう。
別れ際、七咲は純一のクリスマスの予定を訊く。
「あの、水泳部でおでんの屋台をやるんです。もし良かったら手伝ってもらえませんか?」
純一に断る理由などないだろう。
水泳部には迷惑をかけてしまったこともあり、純一は七咲の誘いを快諾する。
「じゃ、よろしくお願いします」
素敵なクリスマスになるだろうか……
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